渋谷で起きた逮捕、適用されたのは「迷惑防止条例」だった
2026年6月、東京・渋谷区道玄坂の路上で通行中の女性に声をかけアダルトビデオへの出演を勧誘したとして、アダルトビデオ制作会社に勤める47歳の男が警視庁に逮捕された。容疑は「都の迷惑防止条例違反」だ。
同じタイミングで新宿区の路上で不特定の女性にスカウト行為を行ったとして別の男(23歳)も逮捕されている。警視庁は取り締まりを強化するとともに、「安易に違法な客引きやスカウト行為を始めないよう」と注意を呼びかけた。
ここで一つの疑問が浮かぶ。スカウト行為を取り締まる法律といえば「職業安定法」がよく知られているが、今回適用されたのは「迷惑防止条例」だ。この二つは何が違うのか。同じスカウト行為なのに、なぜ使われる法律が変わるのか。
そもそも「スカウト」とはどういう行為か
まず前提を整理しよう。
スカウトとは、キャバクラ・風俗店・AVといった業界で働く女性を路上やSNSで勧誘する行為だ。店や事務所に女性を紹介して報酬を得るケースもあれば、今回のようにAV制作プロダクションが自社の出演者を確保するために直接勧誘するケースもある。
一見すると採用活動や人材紹介業のように見えるが、目的や手段によって複数の法律に触れる可能性がある行為だ。
「迷惑防止条例」でスカウトが捕まる理由
まず今回の逮捕に使われた「迷惑防止条例」から説明しよう。
迷惑防止条例とは各都道府県が独自に定める条例で、正式名称は都道府県によって異なる(東京都では「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」)。痴漢・盗撮・つきまとい・客引きなど、日常生活の中で「迷惑になる行為」を幅広く取り締まるためのものだ。
迷惑防止条例では「役務」という概念を使っており、これは「労働」よりも広い概念だ。雇用契約を結んでいない個人事業主的な働き方も含め、風俗嬢やキャバクラ嬢などへの勧誘を広く禁止している。
つまり「公共の場所で声をかけて、風俗やAVの仕事を勧誘した」という事実があれば、それだけで条例違反になる。勧誘した相手が実際に店に入ったかどうか、お金のやり取りがあったかどうかは関係ない。「声をかけた」という行為そのものが問題になるのだ。
東京都の迷惑防止条例に違反すると50万円以下の罰金または拘留もしくは科料が科され、常習の場合には6か月以下の懲役が加わる。
「職業安定法」でスカウトが捕まる理由
次に、スカウト案件でよく登場する「職業安定法」について説明しよう。
職業安定法は国民の雇用と就職を適切に支援するための法律だ。ハローワークの運営や民間の職業紹介事業のルールなどが定められている。
この法律の中に「有害業務への職業紹介を禁止する」という条文がある。職業安定法では「有害な業務」へのスカウト行為が禁止されており、過去の判例ではAV撮影や風俗営業などが有害業務に当たるとされている。
罰則は1年以上10年以下の懲役または20万円以上300万円以下の罰金と、迷惑防止条例と比べてはるかに重い。
二つの法律、何が決定的に違うのか
同じスカウト行為を取り締まる法律でも、この二つには大きな違いがある。
迷惑防止条例は「行為」を問う
路上で声をかけた、というその事実が問題になる。目的や意図は関係ない。「AV事務所なんですけど」と声をかけた瞬間に条例違反が成立し得る。証拠も比較的収集しやすく現行犯逮捕がしやすい。取り締まりのスピードが速いのが特徴だ。
職業安定法は「目的」と「業務の有害性」を問う
こちらは「有害な業務に就かせる目的で紹介した」という意図が必要になる。風俗やAVへの紹介という「有害業務」への紹介行為を継続的に行っていたことを捜査で立証する必要があるため、摘発までに時間がかかることが多い。ただし罰則は圧倒的に重く、組織的なスカウトグループの摘発に使われることが多い。
簡単に言い換えると—
迷惑防止条例は「路上で声をかけた行為」に素早く対応するための法律、職業安定法は「組織的に女性を風俗に送り込んでいた行為」を重く罰するための法律と覚えておくとわかりやすい。
今回の渋谷の事件が「迷惑防止条例」で逮捕されたのは、路上での声かけという証拠が明確で現行犯逮捕できたからと考えられる。もし組織的な関与が確認されれば、後から職業安定法違反が追加されるパターンもある。
スカウトを縛る法律はまだある
スカウト行為に関係する法律は、迷惑防止条例と職業安定法だけではない。
売春防止法
風俗のスカウトは売春防止法にも触れる恐れがある。売春の周旋をした者は、2年以下の懲役または5万円以下の罰金に処される。スカウトが女性を売春に関わる店に紹介した場合、「売春の周旋」として問われる可能性がある。
組織犯罪処罰法
性風俗に女性を紹介しその見返りとして売春の売上の一部を受け取る「スカウトバック」は、組織犯罪処罰法の犯罪収益等収受の罪に該当するため、3年以下の懲役または100万円以下の罰金またはその両方が科される。
2025年1月にはスカウトバックが犯罪収益に当たるとして組織犯罪処罰法違反での有罪判決が出ており、改正により厳罰化されたため、初犯であっても実刑になる可能性がある重い犯罪だ。
改正風営法
2025年に改正風営法が成立し、性風俗店がスカウトに対してスカウトバックを支払うことも禁止された。これにより「受け取る側」だけでなく「支払う店側」も処罰対象になった。
SNSでのスカウトも同じルールが適用される
「路上での声かけ」の話をしてきたが、SNSを使ったスカウトはどうなるのか。
スカウトマンやスカウト会社の大規模な摘発では迷惑防止条例違反、職業安定法違反(有害業務の紹介)、組織犯罪処罰法違反で逮捕されている。
迷惑防止条例は「公共の場所での勧誘」を禁止しているため、SNSへの直接的な適用は条文上難しい面がある。ただし職業安定法の「有害業務への職業紹介」は場所を問わないため、SNSでのスカウトも適用対象になり得る。
また「SNSを使って特定の女性に繰り返し連絡し、出演を迫る」という行為はストーカー規制法に触れる可能性もある。
「一回だけ」「友達に紹介しただけ」も例外ではない
以前の記事でも触れたが、改めて確認しておきたい点がある。
「一回だけ声をかけた」「友達に仕事を教えただけ」「無償でやった」—これらはいずれも、法律上の免罪符にはならない。
迷惑防止条例は「一回の声かけ」でも成立し得る。職業安定法は「継続性」や「業として行うこと」を必ずしも要件としていない。お金をもらっていなくても、有害業務に就かせる目的があれば違反になり得る。
「軽い気持ちで声をかけただけ」という動機は量刑判断に影響することはあっても、犯罪の成立を左右するものではない。
まとめ—スカウトを取り締まる法律の全体像
整理すると、スカウト行為を取り締まる法律は以下の通りだ。
迷惑防止条例は路上での声かけという「行為」を素早く取り締まるための法律で、罰則は比較的軽い。職業安定法は有害業務への組織的な紹介という「目的と業務の性質」を問う法律で、罰則は重い。組織犯罪処罰法はスカウトバックという「利益の受け取り」を問う法律で厳罰化が進んでいる。売春防止法は売春への周旋という「行為の結果」を問う法律だ。
今回の渋谷の逮捕は、この中で最も素早く対応できる迷惑防止条例が使われた。路上での証拠が明確だったからだ。これが組織的なグループによる継続的な行為であれば、職業安定法や組織犯罪処罰法が追加される流れになる。
スカウト行為は一つの法律だけで取り締まられているわけではない。複数の法律が重なる形で規制の網が張られており、「どれか一つをかいくぐれば大丈夫」という逃げ道はない。


