マスターベーション離れと探求心の高まり—男性編
TENGAが2023年1月に発表した「Z世代男性の性生活・性意識白書」(全国男性約2000人対象)は、業界に一石を投じる数字を含んでいた。Z世代男性の約6人に1人、17.3%がマスターベーションの経験がないと回答したのだ。バブル世代の未経験率が2.7%であることを考えると、その差は際立っている。セックス未経験率も約半数(47.3%)にのぼり、若い男性の「性離れ」が数値として浮かび上がった。
ただしこれを単純な「性欲の低下」と読むのは早計だ。同調査ではZ世代のマスターベーションに対するイメージのトップ5はすべてポジティブなものが占め、「気持ちいい」(76.9%)「ストレス解消・リラックスできる」(53.0%)が上位に並んだ。マスターベーションをしない選択と、マスターベーション自体へのポジティブな評価は矛盾しない。
調査に協力した泌尿器科医の今井伸先生はこう指摘している。バブル世代やロスジェネ世代にも「潜在的に性欲があまりない、性的行為に消極的という男性が10〜20%はいた」と考えられ、当時は「男性はマスターベーションをして当たり前」という周囲の雰囲気に流されてやっていた可能性がある。つまりZ世代の「未経験」は、これまで隠れていた実態が可視化されたという面もある。
Z世代のネガティブなイメージランキングにも興味深い特徴が出た。「時間を無駄にしたように感じる」「肌荒れや髪質の低下の原因になりそう」—いわゆるタイパ(タイムパフォーマンス)意識や美容意識の高まりがマスターベーションへの評価にも影響していることが読み取れる。「オナ禁」文化との親和性も、こうした価値観と無関係ではないだろう。
一方で2026年にTENGAヘルスケアが発表した「TENGA性白書’26」(文春オンラインで報道)では、また別の顔が見えた。30代がオナホール使用率最多(12.3%)で、20代の乳首(15.8%)・前立腺(10%)・肛門(8%)への刺激率が全世代でトップという結果だ。「マスターベーション離れ」という一方で、している人の「探求心」は若い世代が最も高い。量より質、頻度より体験—という変化と読むこともできる。
オカズの変化も見逃せない。バブル世代が若かった頃のランキングは「アダルト雑誌」「グラビア写真・画像」「妄想」が上位を占めていた。AVはすでに存在していたが、レンタルビデオ店への抵抗感や視聴環境の問題から、雑誌・写真の方がアクセスしやすかったことが背景にある。
それが2023年のZ世代調査では3位に「アダルトマンガ」がランクイン。テクノロジーとコンテンツの多様化が、オカズの世界を実写からイラスト・マンガへと広げた。性の情報源も「雑誌」「友人」からSNS・YouTubeへと移行し、Z世代の約4人に1人(24.5%)は「性の情報を能動的に集めていない」と回答している。
女性の性意識の変化—「必要ない」世代と「積極活用」世代の分断
同年9月に発表された「日本の女性の性白書号【後編】」(全国女性2585人対象)は、男性データとは異なる構造を示した。
最も印象的なのはセルフプレジャー時のオカズの世代差だ。Z世代・ミレニアル世代の1位は「アダルト動画(女性向け)」(Z世代49.8%)で、2位には「アダルト動画(男性向け)」(27.5%)が続く。ところがロスジェネ世代・バブル世代の1位は「おとも(オカズ)は必要ない」(33〜42%)だ。
この分断は単なる好みの差ではない。女性向けアダルトコンテンツが産業として本格的に整備されたのはここ10〜15年のことであり、上の世代が若かった頃には選択肢自体が乏しかった。Z世代・ミレニアル世代は、女性向けコンテンツが充実した環境の中で性意識を形成した最初の世代といえる。
アダルトグッズについてもZ世代女性の数字は際立っている。セルフプレジャー時にグッズを使用した場合、Z世代の75.4%が「満足度が上がった/やや上がった」と回答しており、これは全世代・男女を通じて最も高い水準だ。グッズ使用経験率そのものはセックス時(48.2%)の方がセルフプレジャー時(41.4%)より高いが、満足度はセルフプレジャーの方が高い。つまりグッズは「パートナーとの行為を補助するもの」から「自分ひとりの体験を豊かにするもの」へとシフトしつつある。
パートナーとのコミュニケーションについても変化が出ている。Z世代・ミレニアル世代の4割以上が、パートナーとセックスについて「会話したいので、自分からよく話す・時々話す」と回答。一方でロスジェネ世代・バブル世代の4割以上が「会話したくないので、全く話さない」と回答している。性を語ることへのオープン化が、若い世代で着実に進んでいる。
ただし興味深いのは、セルフプレジャーについてはパートナーにも友人にも「話さない」傾向がどの世代も強いことだ。性の話がオープンになってきた時代でも、自慰は依然として「個人の領域」として守られている。
「アダルト」から「Sexual Wellness」へ—言葉が市場を作った
男女のデータを並べると、共通するひとつの変化が浮かぶ。性が「隠すもの」から「自分でケアするもの」へと再定義されつつあるという流れだ。
この変化を産業として最も巧みに体現しているのが、「Sexual Wellness」というカテゴリの台頭だ。当サイトでは以前、女性向けアダルトグッズ市場の変容を詳しく追った記事を掲載した(「女性向けアダルトグッズはどこへ向かうのか—『Sexual Wellness』という言葉が変えた市場と戦略」)。その記事でも指摘したように、この変化はデザインの話ではなく「誰が買えるかを変えること」だ。
「アダルトグッズ」を「Sexual Wellness製品」と呼び替えることは単純な言い換えではない。決済会社の審査、広告プラットフォームの規制、一般小売への流通—これらはすべて「カテゴリ判断」に左右される。LELOやWomanizerが高級ライフスタイルブランドの文脈に商品を置くことで、ドラッグストアの棚に並び女性誌で取り上げられ、Metaの広告審査を通過できる。
日本においてこの流れを最も体現しているのがTENGAと、その女性向けブランドirohaだ。irohaは2013年の立ち上げ時から「セルフプレジャー」という言葉を意図的に採用し、「マスターベーション=自慰(自分を慰める行為)」というネガティブな含意を排除した。2018年には大丸梅田店でのポップアップストアを実施。20代から70代までの約1,500名が来店し、目標の3倍を超える売上を記録したという。百貨店にアダルトグッズが並ぶ—その事実自体が社会へのメッセージだった。
2023年の10周年でirohaはさらに一歩踏み込み、生理・妊娠出産・更年期障害まで含めた「フェムケアブランド」として再定義を行った。アンバサダーに水原希子を起用したことも含め、ブランドを性的な文脈から切り離すのではなく「女性の体全体のウェルネス」という大きな文脈の中に包み込む戦略だ。
データが示す、変化の方向
2023年と2026年のTENGA調査データ、そして「Sexual Wellness」という産業の動きを並べると一本の線が見えてくる。
性は「する/しない」の二項対立から、「どうあるべきか」を自分で選ぶ領域へと変わりつつある。マスターベーションをしないZ世代男性の17.3%は性的欲求がないのではなく、「やらなければならない」という規範から自由になっているのかもしれない。Z世代女性がグッズ使用で最も高い満足度を示すのは、性的快楽を「恥ずかしいこと」ではなく「自分でケアできること」として捉えているからではないか。
「Sexual Wellness」という言葉が変えたのは商品の名前だけではない。性を語り選び、楽しむことへの社会的許可を少しずつ広げている。
当サイトの既報「女性向けアダルトグッズはどこへ向かうのか」で書いた一節を借りれば—「アダルトをやめた」のではない。「アダルトを隠さなくてよい文脈を作った」のだ。その文脈の中で、Z世代は最も自由に性と向き合っている世代になりつつある。
出典:月刊TENGA第48号(2023年1月)https://www.tenga.co.jp/topics/17443/ 、月刊TENGA第51号(2023年9月)https://www.tenga.co.jp/topics/17886/、TENGA性白書’26(文春オンライン、2026年5月31日)https://bunshun.jp/articles/-/86991

