台湾での逮捕、そして日本へ
2026年6月、日本の人気AV女優が観光目的を装って台湾に入国し、LINEグループを通じて運営される売春組織経由で性取引に従事したとして逮捕・強制送還されたと複数のメディアが一斉に報じた。1回あたりの料金は約3万5,000台湾ドル(日本円で約17万円)とされ、警察の踏み込みの際に激しく泣き崩れていた様子も現地メディアによって伝えられた。
SNSはざわついた。「大手事務所の専属女優ですら海外に出稼ぎに行くのか」という驚き、「AV新法の影響だ」という指摘、「本人が選んだことだ」という擁護—さまざまな声が混在した。
ただ今回の台湾での事件は、孤立した出来事ではない。日本人女性の海外出稼ぎ売春という現象はここ数年で急速に拡大し、各国の法執行機関も対応を強化している。その背景に何があるのかを整理したい。
2024年11月、香港で起きた大規模摘発
台湾の事件より約半年前、2024年11月に香港で大規模な国際摘発が行われた。
香港・シンガポール・マカオ・日本の警察が合同で「Operation Lawforce」と呼ばれる作戦を展開し、65人が逮捕された。香港で3人、シンガポールで4人の日本人AV女優が逮捕・関与が確認されたと報じられた。
このシンジケートの手口は巧妙だった。SNSのプラットフォームで日本人AV女優をブランドとして宣伝し、著名女優の写真や作品のパッケージを使ってVIP客を集める。ホテルへの手配から料金の回収まで組織的に管理され、1回あたりの料金は最大でHK$150,000(約300万円)に達したとされる。年間の売上はHK$2,000万(約4億円)規模だったとも報告されている。
注目すべきはシンジケートのコアメンバーの属性だ。香港の警察発表によると中心人物たちは日本への留学経験があり、日本語スキルを活かして日本人女性をリクルートしていたという。単純な売買春の組織ではなく、日本のAV業界の知識と人脈を持つ者が構造的に関与していた。
2025年3月にはシンガポールのマリーナベイサンズでも摘発が行われた。日本人女性2人がマレーシア人の斡旋者とともに逮捕され、斡旋者は1年の禁固刑と罰金を受けた。オンライン売春組織が関与していたと伝えられている。
なぜ「海外」なのか—出稼ぎが合理的な選択になる構造
日本人女性が海外での出稼ぎ売春を選ぶ背景には、いくつかの経済的な合理性がある。
まず円安の影響だ。円の購買力が下がる一方で海外での収入は外貨建てで得られる。台湾やシンガポールで働けば、収入を円に換算した際に日本国内より高い実質的な報酬を得やすい。
次に単価の差だ。日本国内の風俗店では1日で10万円以上を安定して稼げるのは一握りだという。一方、海外の日本人向けサービスでは「日本人女性」というブランドプレミアムがつき、客単価が高くなりやすい。以前は10日間で120〜130万円以上を稼ぐことも可能だったとされている。
摘発リスクの低さという認識も背景にある。日本国内での風俗営業法違反の摘発リスクに比べ、「海外であれば足がつきにくい」という誤った認識が広まっている。しかし実態は後述するように各国の摘発は強化されており、むしろリスクは高い。
AV新法との接続—「出演の場」を失った女優たち
日本国内での文脈として切り離せないのが、2022年に施行されたAV出演被害防止・救済法(AV新法)の影響だ。
AV新法は出演者保護を目的とした法律であり、撮影から公開まで最低4カ月以上の間隔を義務付け、事前の書面による同意や契約内容の詳細な説明を義務付けた。その結果、メーカー側は制作本数を大幅に削減せざるを得なくなり、AV出演による収入だけで生計を立てることが難しい女優が増加した。
業界内では「保護のために作られた法律が、守るべき人たちの収入を奪っている」という指摘が出演者側からも聞かれる。撮影現場での仕事が減れば生活のために別の選択肢を探す必要が生じる。パパ活・個人撮影・同人コンテンツ・そして海外出稼ぎ—いずれも、AV新法施行後に拡大したとされるルートだ。
もちろんAV新法だけが原因というわけではない。コロナ禍による収入減、円安による生活コストの上昇、物価上昇に追いつかない賃金水準—複数の要因が重なって、海外出稼ぎという選択肢が「現実的な選択肢のひとつ」として浮上している。
各国が強化する入国審査と摘発
日本人女性の海外出稼ぎが増えるにつれて、各国の対応も厳格化している。
オーストラリア国境警備局(ABF)は「Operation INGLENOOK」と呼ばれる多機関合同作戦を展開し、性産業目的での入国者を対象に175人を調査、22件のビザ取り消しを実施した。日本人女性2人が性産業での就労を認めて入国拒否・強制送還された事例も公表されている。
アメリカでも状況は同様だ。円安による対価の急騰が一部の女性たちを「闇出稼ぎ」へと駆り立てている実態をアメリカ当局が把握し、アジア系女性の入国審査を強化している。入国審査でスマートフォンの内容を確認されるケースが増えており、別室に連れて行かれると端末を隅から隅まで確認される。
台湾でも2024年の逮捕事例が示すように、「クリーンシティ売春撲滅作戦」として性取引を組織的に摘発している。逮捕された場合、少なくとも3年から最大5年の入国禁止措置が課されるという。
こうした状況を受けて、海外旅行に行く日本人女性への「誤解を避けるための注意点」まで出回るようになっている。地味な服装で渡航する、スーツケースに華美な下着を入れない、避妊具を荷物に含めない、スマートフォンに自撮り画像を保存しない—出稼ぎとは無縁の一般の旅行者まで入国審査で引っかかるリスクが生じているという現実がある。
供給過多と単価の下落
2024年から2025年にかけて、海外出稼ぎ売春の「市場」にある変化が起きている。希望者が増えすぎたことで、単価が下落しているのだ。
かつて10日間で120〜130万円以上を稼げると言われていたが、現在はそこから2〜3割減少しているという。「海外出稼ぎの方が確実に稼げる」という情報が広まったことで参入者が増え、需要と供給のバランスが崩れた。国内で「お茶を挽く(指名客がつかず暇になる状態)」よりも海外の方がいいという動機で渡航するケースが増えた結果、市場が飽和しつつある。
単価が下がると、より高い収入を求めて危険なエリアや状況に踏み込むリスクが高まる。フィリピン・タイ・カンボジア・ラオスなど治安が不安定な国での活動は、何かトラブルが起きても助けを求める手段が限られている。行方不明になってもなかなか情報が入らないというケースが散発的に報告されている。
「自発的」と「強制」の間にある現実
この問題を論じるうえで重要なのは、「自発的に選んだ」という個人の選択と、その選択を促す構造的な圧力を分けて考えることだ。
海外出稼ぎ売春に関わる日本人女性の多くは強制や人身取引の被害者ではなく、自ら選んで渡航している。その意味では「被害者」という枠組みで単純に語ることはできない。
しかし同時にAV新法による収入機会の減少、円安による生活コストの上昇、国内の風俗市場での競争激化といった構造的な要因が、「海外出稼ぎ」を合理的な選択肢として押し上げているという事実もある。個人の自由な選択と、その選択を狭める社会的・経済的な圧力は切り離して考えることができない。
そしてもうひとつの現実がある。海外での売春は、日本国内の風俗営業法による規制の外にある。これは保護を受けにくいということでもある。トラブルが起きても警察に助けを求めにくく、運営者との関係が悪化しても逃げ場がない。「安全で高収入」という情報だけが先行しがちだが、リスクは決して小さくない。
AV新法の「副作用」をどう評価するか
AV新法の施行から4年が経った。出演者保護という本来の目的については一定の効果があったという評価がある一方で、制作本数の減少、新人・中堅女優の仕事の激減、そして今回のような海外出稼ぎという形での「流出」という副作用も可視化されてきた。
保護を強化すれば、保護の枠外に出る人が増える。規制を強めれば、規制の届かない場所に移動する人が出る—これはAV業界に限らず、性産業規制が繰り返し直面してきたパターンだ。
台湾での逮捕事件は、この構造が今まさに現実のものとして動いていることを示している。「被害防止のための法律が、より深刻なリスクにさらされる状況を生んでいる」という逆説は、今後の法改正や運用の議論において避けて通れない論点になるはずだ。


