2026年3月31日、朝日新聞がある調査データを報じた。東京大学などの研究チームが2022年に実施した調査によると、日本に住む20〜49歳の男性の48.3%が生涯で一度は性風俗サービスを利用したことがある—。
約半数という数字は衝撃的に見えるかもしれないが、業界に近い人間には「そんなものだろう」と感じる数字かもしれない。問題はむしろ、この数字が今まさに動きだした法改正の議論と正面から衝突しているという点だ。
70年ぶりの見直し—売春防止法改正の背景
2025年11月、タイ国籍の12歳の少女が都内の「個室マッサージ店」で働かされ、1か月で約60人もの相手をさせられていた事件が社会に衝撃を与えた。これを機に政府は法務省内に検討会を設置し、売買春の規制のあり方を検討するとした。
2026年、法務省は「売買春に係る規制の在り方検討会」を設置し、議論を開始した。1956年に制定された売春防止法は実に70年ぶりの本格的な見直しを迎えている。
売春防止法は人としての尊厳を害するなどとして売買春を禁じているが、処罰対象はあっせん業者と路上などで勧誘した「売る」側だけで「買う」客への処罰がない。
最大の焦点は「買う側への罰則導入」だ。法務省によると、英国やベルギーは「売る側」と「買う側」の勧誘をいずれも処罰。フランスやスウェーデンは「売る側」を処罰せず、買う行為とその勧誘のみを処罰対象とする。検討会は今後、当事者や支援団体から意見を聴取し実態把握を進める方針で、法務省は早ければ今秋に想定される臨時国会での法改正も視野に入れている。
データが示す「日本の特殊性」
この法改正の議論に直接関わるデータが、東大などの研究チームが実施した調査「NInJaS(ニンジャス)」だ。2022年7月に20〜49歳の男女8,000人を対象にオンラインで実施され、2023年に国際学術誌「The Journal of Sex Research」に掲載された。
風俗利用率—国際比較で際立つ日本
男性の48.3%が生涯で風俗サービスを利用したことがあると回答した。内訳はソープランド(30.6%)、ファッションヘルス・デリバリーヘルス(27.1%)、ピンクサロン(19.5%)の順だ。
この数字がいかに突出しているかは国際比較で明確になる。スウェーデンで行われた同様の調査では生涯利用率は16〜84歳の男性で約10%、英国では過去5年間に性交のために支払いをした男性は3〜5%にとどまる。ドイツでは生涯利用率が約27%という調査もあるが、それでも日本の約半数という数字は際立っている。
聖路加国際大学の坂元晴香客員准教授(公衆衛生・国際保健)はこの高い利用率の背景として、「性産業へのアクセスのたやすさ、多様なサービスが存在すること、法的な位置づけが曖昧であること」を挙げ、「西洋諸国に比べて利用することに社会的スティグマ(利用することへの後ろめたさや偏見)が低い」と指摘する。
性経験・性活動は逆に少ない
一方で同じ調査は、別の意外なデータも示している。性交未経験の割合は20代男性で43.0%、20代女性で29.7%に上る。過去1年間に性的パートナーがいなかった割合も、男性44.5%・女性45.3%と約半数に達する。
つまり日本は「性行為の経験が少なく、性生活も不活発だが、風俗の利用率は高い」という独特の構造を持っている。風俗産業が「セックスの代替手段」として機能している側面が数字から浮かび上がる。
法改正が業界に与える影響—何が変わるのか
「買う側への罰則化」が現実になった場合、業界への影響は多岐にわたる。
需要の萎縮と地下化
男性の約半数が利用経験を持つ市場に罰則を導入すれば、需要が一定程度萎縮することは避けられない。しかし歴史的に見ても、性売買は罰則によって消滅したことはない。スウェーデンは1999年に買春罰則化(通称「ノルディックモデル」)を導入したが、効果については今も賛否が分かれている。
また同法は売春を「不特定の相手方と性交すること」と定義しており、性交に至らない類似の性的サービスは対象外となっている。委員からは「行為の範囲を拡大すべきか検討が必要だ」との声が上がっている。
これが重要な論点だ。現行法の「性交のみ」という定義が維持されれば、デリヘルやファッションヘルスといった「性交類似行為」を提供する業態への影響は限定的になる可能性がある。逆に定義が「性交類似行為」まで広がれば、業界全体が規制対象となりかねない。
ソープランドという「建前」の崩壊
特に影響を受けそうなのがソープランドだ。現行法では「個室付き浴場業」として届け出られており、「従業員と客がたまたま合意した個人的な行為」という建前のもとで運営されている。買春罰則化が導入された場合、この建前が法的に通用しなくなる可能性がある。
調査では男性の30.6%がソープランドを利用した経験があると回答している。約3人に1人が経験した業態が、法改正によって根本から変わる可能性がある。
「使う側」を罰するのか、「使わせる構造」を罰するのか
法改正の議論で見落とされがちな視点がある。それは「なぜ日本でこれほど風俗利用率が高いのか」という問いだ。
坂元准教授が指摘した「スティグマの低さ」は重要だが、それだけではない。調査のデータが示すように、日本は性的パートナーを持つことへのハードルが高く、「自然な性行為」の機会が諸外国と比べて少ない。その空白を埋める形で、合法的な「代替」として風俗産業が機能してきたという構造がある。
「買う側を罰する」アプローチは、この構造的な問題には直接触れない。需要を罰則で抑え込もうとすれば取引が見えにくい場所に潜るだけで、むしろ働く側にとってのリスクが高まる可能性もある。
一方で「現状のままでいい」というわけでもない。今回の法改正議論の発端となった12歳の少女が被害を受けた事件が示すように、法の隙間を利用した悪質な搾取は現実に起きている。
罰則の導入によって何を守り、何を失うのか—48.3%という数字を前に、その問いは重い。
今秋の臨時国会が転換点になるか
法務省は早ければ今秋の臨時国会での法改正を視野に入れている。実現すれば1956年の制定以来70年ぶりの大幅改正となる。
風俗業界に関わるすべての人間—経営者、キャスト、そして利用者—にとって、他人事ではない議論が進んでいる。
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https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/00224499.2023.2178614

