コンドームに税をかける国
2025年初め、中国政府は静かに一つの制度を廃止した。1993年から30年以上続いてきたコンドームへの付加価値税免税措置だ。これにより中国国内で販売されるコンドームには13%という高い税率が適用されるようになった。
その影響はすぐに数字に表れた。世界最大のコンドームブランド「Durex」を傘下に持つ英国企業レキットベンキーザーの発表によると、2026年第1四半期の中国売上高は前年同期比5%減。前年に40%以上の急増を記録していたことを考えると急転換だ。追い打ちをかけたのがネット規制だ。中国版TikTok「抖音(ドウイン)」は昨年10月からライブ配信でのコンドームマーケティングを全面禁止し、アルゴリズムも性的コンテンツの表示順位を下げるよう調整された。
コンドームへの増税とマーケティング規制。一見奇妙なこのニュースは、中国が長年にわたって繰り返してきた「国家による生殖のコントロール」という物語の最新章にすぎない。
毛沢東の「産め」—人口爆発の始まり
1949年、中華人民共和国が建国された。初代指導者の毛沢東は「人口を増やせば経済が発展する」という信念のもと、国民に積極的な出産を呼びかけた。当時約5億4千万人だった人口は急速に増加していく。
しかし増えた人口を養う食糧が足りなかった。1950年代末から60年代初頭にかけて大躍進政策の失敗と自然災害が重なり、数千万人規模の餓死者が出たとされる大飢饉が発生した。食糧危機が落ち着くと、その反動で1970年代初頭にかけて人口が再び爆発的に増加する。
1978年、中国社会科学院院長だった胡喬木はこう指摘した。「食糧の生産量は増えているが、人口の増え方に追いついていない。1人あたりで見れば、1977年の食糧は20年以上前の1955年より少ない」—つまり、人口が増えるほど1人あたりの食糧が減り続けているという警告だ。この発言が「一人っ子政策」導入の大きな契機となった。産むことを奨励した国が、産むことを禁じる方向へと舵を切った瞬間だ。
鄧小平の「産むな」—一人っ子政策の導入
1980年、中国全土で一人っ子政策が施行された。違反者に対する不妊手術や罰金といった強制的な措置が導入されていく。ただしこの政策は中国固有の暴走というわけでもなかった。人口抑制自体は世界的なトレンドとも合致しており、国連は1974年を世界人口年として各国に人口増加の抑制を促していた。40年後に真逆の取り組みに躍起になることになるとは、当時誰も想像しなかっただろう。
政策の仕組みは飴と鞭の組み合わせだった。「子どもは1人で十分」と宣言した夫婦には月収の約1割の奨励金(子どもが14歳になるまで)、学費免除、医療費支給、就職優先、住宅優遇、年金加算といった特典が与えられた。一方で2人目をもうけた場合は年収相当の数年分という多額の罰金が科された。
農村部では事情が複雑だった。機械化が進んでいない農業地帯では、子どもは貴重な労働力だ。特に男の子が好まれ、女の子が生まれると中絶・遺棄されるケースが相次いだ。一人っ子政策違反者の摘発数が地方幹部の政治的業績に直結したため自治体トップの業績評価に反映され、一部では未婚女性に不妊手術を行うなどの蛮行も起きた。
国家が個人の生殖に介入するとき、その執行は往々にして末端で歪む。
政策がもたらした副作用
一人っ子政策は人口急増の抑制という目標をある程度達成した。しかしその代償は大きかった。
最も深刻なのは男女比の歪みだ。男児を好む文化のもとで女児の選択的中絶が横行し、中国の出生時性比は自然な比率(およそ105対100)を大きく上回る水準が続いた。男性が著しく余剰となり「婚活難民」とも呼ばれる未婚男性が農村部を中心に大量に生まれた。
もう一つの副作用が急速な高齢化だ。1960年代には女性1人が平均6人以上の子どもを産んでいたが、一人っ子政策が浸透した1990年代には平均1人台まで低下した。わずか30年で6分の1以下になった計算だ。少子高齢化が急速に進み、若い世代が減り、高齢者を支える社会構造が崩れていく。
「小皇帝」という言葉も生まれた。一人っ子として両親と祖父母4人に溺愛されて育った世代を指す。競争意識が強く自己主張が激しい一方、協調性に欠けるとも言われたこの世代が、現在の中国社会の中核を担っている。
「産め」への転換—それでもベビーブームは来なかった
少子高齢化の深刻化を受け中国政府はゆっくりと、しかし確実に方向転換を始めた。
2014年、夫婦のどちらかが一人っ子の場合に2人目を認める緩和措置が導入された。2016年には全夫婦に2人目を認める「二人っ子政策」へ移行。しかしベビーブームは起きず、2021年5月には3人目まで認める方針が示され、同年8月に正式に可決された。産児制限は事実上撤廃されたが、出生数の回復には結びつかなかった。
2016年に1786万人を記録した出生数は2024年に954万人まで減少した。政策を緩和しても人々は子どもを産まなかった。
なぜか。理由は複合的だ。都市部の住宅価格は高騰し教育費は膨大で、共働きが当たり前の社会で育児の負担は重い。一人っ子として育った世代は豊かな消費生活に慣れており、子どもを持つことで生活水準が下がることへの抵抗感が強い。何より40年にわたって「子どもは1人で十分」と刷り込まれた社会の価値観は、政策を変えたからといって簡単には変わらない。
国家が産むなと言い続けた結果、人々は本当に産まなくなった。そして産めと言い始めたとき、すでに遅かった。
コンドーム増税という「最後の手段」
こうした文脈の中で今回のコンドーム増税とマーケティング規制を見ると、その意味がよく分かる。
補助金を出しても出生率が上がらない。休暇を増やしても出生率が上がらない。では逆に避妊を不便にしたらどうなるか。中国政府が現在試みているのは、そういう発想だ。
ただし効果については懐疑的にならざるを得ない。コンドームが高くなったからといって、子どもを産みたくない人が産むようになるわけではない。避妊の選択肢は他にもある。そして何より出生率低下の根本原因は避妊具の普及ではなく、子育てのコストと価値観の変化にある。
中国の2025年の出生数は792万人で過去最低を記録し、2015年からわずか10年で半減した。政府は3歳未満の子どもを持つ家庭への補助金支給、幼稚園の一部無償化など少子化対策を矢継ぎ早に打ち出しているが、就職難にあえぐ若者の結婚・出産意欲は低下する一方だ。
国家は生殖をコントロールできるか
中国が一人っ子政策に費やした40年は、一つの問いを浮かび上がらせる。国家は人々の生殖行動をコントロールできるのか。
答えは「部分的にはできる、しかし長期的には限界がある」だ。一人っ子政策は確かに人口急増を抑制した。しかしその代償として男女比の歪み、急速な高齢化、そして「産まない」という価値観の定着という副作用を生んだ。副作用は政策を廃止しても残る。
産むなと言えば産まなくなる。しかし産めと言ってもすでに産まないことが当たり前になった社会では、掛け声だけでは動かない。コンドームに税をかけることは、その焦りの表れだ。
日本も他人事ではない。少子化対策に巨額の予算を投じながら出生率の低下が止まらない構図は、中国の現在と重なる部分がある。国家と個人の生殖をめぐる攻防は、中国だけの問題ではない。

